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September 11, 2004

24時間

ある意味、PCというか、デジタルデータを扱う機械はタイムマシンである、と言える。

自分なども、これがあるからこそ、並程度の才能しかなくても、強制的に執筆文章量を拡大し、何とか食いつないでいくことができているのだ。つまり、文字入力の速度を高めることによって、相対的に労働時間を引き伸ばしている、というわけだ。

ただしこうした方向でデジタル機器を使うことができるのはほとんど「仕事」方面に限られる。「遊び」方面に使おうとした場合、「タイムマシン化」は非常に困難になる。デジタル保存された音楽や動画を、より高い効率でもって人間の脳味噌に押し込むことが不可能であるからだ。できるのはせいぜい、エロビデオのドラマ部分を高速サーチで送ってしまう程度だろう。

PCの性能が向上すると、より高品質のデータをより大量に扱うことができるようになる。で、世の多くのエンジニアが消費者を巻き込んで「そういうのが求められている」と勘違いするようになる。つまり、どんどこデータの品質を高めていくと、それに応じて市場は右肩上がりに無制限に拡大していく、と思いこんでしまうようになるのだ。

ところが、人間に与えられている時間というのは例外なしに1日24時間で、高品質のデータをどかどかと与えられても、それを作り手の思い通りに消費することはできない。無理に消費しようとすると、社会一般との接続を断ち、その手のデジタル機器の前に貼りつかなければならないのだ。要するに、「ヒキオタ」状態になるわけね。

まあ、この手の人種の一部は、消費(多分に浪費)する情報量が多くなればなる程に、その世界におけるステイタス(つーか、脳内階級だが)が高まっていき、得も言われないカタルシスを味わうことができるようになるのだが、社会全体から見ればどんどん「いてもいなくてもどうでもいいヤツ」にしかならない。そりゃそうだ。外界との接触を持たないんだから。

何が言いたいのかというと、現在あっちこっちのテレビ局とか家電メーカーとかが押し進めようとする「高画質・多チャネル化」の路線というのは、ほどなく壁にぶち当たる、ということが言いたいのね。およそ人間は、人間である以上喰って寝て排泄してセックスする時間が必要だし、ヒキオタ以外の場合、これに加えて労働に自分の時間を割かなければならなくなる。シュミとか道楽に使うことのできる時間というのは、案外短いのだ。で、家電とかPCとかの機器は、消費者の持つこのわずかな時間を奪い合っているのだが、「高画質」を売りにして余暇を独占する戦略というのは、単にヒキオタを増殖させるだけで、社会全体に対してはあまりにも不健康な結果しかもたらさないからやめといたらどう?と考えてしまうのだ。狙うべきは、「高画質・多チャネル」ではなく、「並列処理が可能な、妥協できるレベルの品質・多チャネル」じゃねえかなあ、とまあ、かように思っているわけである。

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