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September 28, 2004

極小の版元で本を書くということ

何だかんだで先週末にOKを貰ったプロットに従って40枚程書き進めて版元に見せたら、ダメ出しをくらった。

エロシーンがエロくないんだそうな。

エロくない理由は簡単で、確かに挿入シーンとかはちゃんとあるのだけれど描写が客観的で、登場人物の主観がほとんどこもっていない(=読者が自分を投影させてヒロインのハダカにハァハァできない)からなのだそうだ。

これから生きるの死ぬのというドラマを演じることになる(そうしろと言われた)のだから、こんなところで中年オヤジのようにヒロインのハダカ見てヨダレ垂らしていてはイメージぶち壊しだろう、とまあ最初は思ったのだが、よく話を聞いてみるとそうではない、ということが分かった。

主役には当然後でドラマの主役として感動できるような行動を繰り広げていただくのだが、その一方でエロシーンの方でも手を抜くことなく、心のそこからヒロインに発情させてやってくれ、ということだったのだ。無論、それに応えてヒロインの方も一世一代の大発情をすることになる。作家の筆を通して間接的に人様に公開することになるのだから、それぐらいガチでやって貰わないとお代はいただけないというのだ。

自分のスケベさを前面に押し出し続けるキャラクター、というのは一見個性的なようだが、書き方を間違えると無個性かつ非現実的な存在になってしまう。上でダメだし食らった最初の原稿は、そういう感じにならないように配慮したつもりで主役の造形を行ったのだが、版元側では、そういうヘンなところで妥協する技を使わず、スケベさをきちんと持ちながらそれでいてちゃんとそれ以外のことも考える理性も持っているキャラクターを技巧の限りを尽くして書け、ということだったのだ。しかも、いやいやお義理でエロ属性を付加するようなマネはまかりならん、ときた。

どうしてそこまでエロにこだわらんといかんのかと言うと、版元の規模が小さく、宣伝というものが一切行えないからだ。ネームバリューがないため、店頭でぱらぱらと拡げたその瞬間に「あ、これ買いたい」と思わせなかったらそれでゲームオーバーなのである。そういう場合に最も有効な武器は何かっつーと、エロなのである。

が、エロさえ入れてりゃそれで商売になるかというとそうでもない。同じこと考えてエロに手を出す同業者は山ほどいるからだ。見ただけで取り憑かれそうなエロ描写をするかたわらで、しっかり別の何かを訴えるようにせんと、エロがたきを出し抜いてさらに一歩先に出ることはできない。極小の版元でフィクションを書いて生き残る、ということはかくも困難な神の技巧を必要とする行為だったのだ、と今さらながらに思い知らされた。この業界で使い捨てられずに五年生き残ることができたら、芥川賞なんざ簡単に取れるのではないか、とさえ思えてきた。

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