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September 19, 2004

残るもの、残らないもの

「手塚治虫シミュレーションを芸にするんだ」と勢いこみ、そのパターンを追いかけ、再現する作業をしようとしたら、面白いことに気がついた。

自分の脳内に残っている「手塚テクスト」と、現存の「全集」等のテクストでは内容が微妙に異なっているのだ。

具体的に言えば、こんな感じだ。自分の脳内において「火の鳥・望郷編」の女王ロミの最期は、牧村に射殺されるものなのだが、現存のテクストにおいては、射殺寸前に寿命で昇天、というものになっている。また、「乱世編」の義経は、ワタシの脳内においては「弁太によって撲殺」なのだが、現存のテクストにおいてはこれも違っている。

「脳内テクスト」の正体は何かっつーと、別にワタシが妄想(あるいは捏造)したもんではなく、雑誌掲載時のオリジナルだったりする。「火の鳥」が連載されていた「マンガ少年」をワタシは毎月買っていたのだ。

これに限らず、手塚作品というのは単行本になった時に結構加筆修正がなされているという例があり、その多くにおいて、単行本の方がより表現がマイルドになるという傾向がある。

「ブラック・ジャック」にしたところで、雑誌掲載時には結構くそヤバいエピソードがてんこもりだったのだが、それらのうちの特にヤバい数話は、現在なかったことにされてしまっている。ちなみにワタシは「格闘士ローマの星」が終わった直後あたりから当時チャンピオンを毎週買うようになっていたので、ここらもほぼすべてリアルタイムで見てる。

こういう「リアルタイム派」からすると、手塚治虫氏は偉大ではあるが決して聖人君子ではなかった。一言で言えば、あんまり教育的でない内容の話も多かった。「三つ目がとおる」では何かと和都サンを脱がしていたし、「ミクロイドS」でもアゲハを脱がしていたような気がする。同時期の他の漫画家さんと比較しても、裸は多かったと記憶しておるです。そーいやアトムも半裸だしね。

しかし歴史的人物としての手塚氏の評価は、単行本の形で残されたテクストをベースになされるわけだ。しかもこの単行本、「名作」とされていないものはふるいにかけられて落とされてしまうことがある(一応全集もあるけどね)。となるとますますもって「名作」のみを描いた聖人君子としてのイメージのみが後世に残されるようになる、というわけだ。

でもリアルタイム派の生き残りとしては、聖人君子の部分よりも、動くものには何にでもサカれる色欲魔神(しかもこの色欲、食欲との境目が非常にあいまいだ)の部分の方が手塚氏の本質により近く、なおかつ素晴らしいモノであったように思われるので、そういう部分を「継承」して自分の芸としてくれよう、とまあ決意を新たにするのであった。

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