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February 21, 2005

微妙にあせる

ひょんなことから不惑を越してエロゲのレビューの仕事なんぞやるハメになった。

んで、土曜の深夜に家族が寝静まってからやってたのだが、ちと衝撃を受けてしまった。

ナニに驚いたかというと、お話のテーマが「自分探し」であって、そこで強引にストーリーを展開させ、かつ終えてしまっている、という点にである。つまり、主人公が主人公以外の人間をそれとして認識できるようになっておしまい、という形だったのだ。この話のパターンそのものは、「エヴァ」以後ぽこぽこ出現してきていたので別に珍しいとは思ってなかったが、あれから10年も経ったので、そろそろ飽きられ、「次のパターン」が模索されるようになってきてる、と考えていたのだ。だが、どうもエロゲ作家のアタマの中では、依然「自分探し」は巨大なテーマであり続けているらしい。

ワタクシにとって、主人公が「自分は何者であるか」と悩むことはさほど大きな問題ではなかった。何者であっても、他者との付き合いの中で持てる才能を最大限発揮するような形に追い込んで話を作っていく、という手法をとっていたからだ。が、あくまで自分探しをし続ける話が想定読者層においてデフォルトであるなら、ワタクシの作った話は理解不可能なものになってしまう。理解されなんだら売れはせんがな。

というわけで、某司法試験浪人の手を借りながら、「自分探し」を部分的に取り込んでプロットの原型を作ってみた。が、ワタクシのやることである。探していた自分が見つかってめでたしめでたし、となる話なぞ作るはずもない。作るのは、自分が見えてない状態で、浮世から何らかのサービス(エロ小説なんだから、美少女たちによる特殊な接待、ということになるわな)を受けてしまい、気持ちいいんでへらへらしてたら、ある日突然請求書を突きつけられた、という感じの話だ。ちなみに請求書には「あなたの命貰い受けます」と書いてある。自分自身の動的な価値というのを見出せていないんだから、命貰うしかない、という理屈だ。

結末はまだ見えてないけど、それでも自分探しにこだわるのならウルトラバッドエンド、探すのをやめて行動すればグッドエンド、ということになるだろう。ゲームだったら両方描けるんだが、小説の結末はひとつしかないので、さてどうしようか。

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Comments

「自分を探そう」というのもどえらく幸福でめでたい話でございまして、地球を見渡すと自分どころかその日の食料、果ては誰かに殺されないで生存できる場所を探し回ってる人たちのほうがはるかに多いわけでして。
まあこうやって自分探しをしてる間に、その方々も地球の平均値同様に生存のための資源を探すところまで落ちぶれてしまうと「自分探し」どころではない、ということはつまり「自分のなすべき事=生存のために死力を尽くす」ということでめでたく「自分」が見つかるわけでございます。

Posted by: 緑川だむ | February 21, 2005 01:22 AM

中国で「自分探し」などと抜かしておったら、その間に命とられてあぼーん、ということになろうかと。

エロゲは抜いてなんぼかと思っていたのですが、自分のような考えは少数派に転落してしまったと思うと、非常に恐ろしいものが。そりゃ、煮詰まるわけだ。

Posted by: 山崎賢一 | February 21, 2005 01:54 AM

>緑川だむさん

ところが自分探しをしている人というのは、人としては高尚なのかも知れませんが、ケダモノとしては極めて不完全な存在であるため、「自分探しどころではなくなる」のとほとんど同時にこの世を去ってしまうわけです。だから死の寸前にこの世に対する凄まじい悪態を聞く事はできますが、死力を尽くしてなにごとかをする姿を目撃することはまずできないかと心得ます。

Posted by: 高安 | February 21, 2005 10:37 PM

>山崎賢一さん

でもそのゲーム、途中までなら結構というかかなり実用になるのですよ。

Posted by: 高安 | February 21, 2005 10:40 PM

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