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February 24, 2005

薔薇族復刊記念

あたしゃホモではないのだが、最近のオタの好みが「男の子だっていーじゃん」な方向に向かいつつあるというのは認識している。という訳でお宝が出るのならば、その手の趣味がなくても掘ってみたくなるというのが職業文士というもんである。

なんで男なのか、というと、あまりに使用頻度が低かったために、自分の股間にぶらさがっているモノの正しい使い方を忘れてしまったからではないか?と考えた。要するにどんな美少女を剥いていろいろいじらせてみても、相手の快感に共感できなくなってしまっているのだ。理解できるのはもはや自分と同種のものの快感のみ、ということらしい。まあ責める気はないが、成り成りて成り余れるものは、成り成りて成り足らざるものに突っ込むのが正しい使い方というもんだぞ。

さて、かようにして求められるに至った対象というのは、確かに外見においては男の子だが、その内面は女の子である。ある種類の男性にとって、恐怖の象徴(かつては羨望の対象でもあったが)である乳房というものを取り去り(いわゆる「つるぺた」状態)、さらに「将来にわたっても乳房が成熟してくることはない、という誓約の印」を股間にぶら下げただけなのだ。結果的にこの「誓約の印」は、オタ男性の同様の器官より未成熟で小さいため、何かというと他人の同種の器官と自分のそれとを比較し、勝手に鬱になるオタのコンプレックスを解消する役割も果たしている。

要するに「恐怖の象徴抜き」「さらにそれに対する安全保障」「ついでに快感の共有が可能」という属性のついた女性としての「男の子」なわけだ。

そういうのを相手に繰り広げる「絡み」だが、巷に溢れているホモセクシュアル系のメディアにある「ウホッ」なものにはなり得ない。「ウホッ」な行為に持ち込むと、相手の「男」を強調する結果となってしまい、読者としてのオタの気分は急速に萎えていく。重要なのは「快感の共有」であって、成り余れるものを成り足らざるものに合わせることでない。せーぜー咥えてもらうぐらいと違うんか?

ということを考えてたら、なんか面白くなった。その向こうに銭の華が咲くかも知れないと思えばなおさらである(逆にいうと、それがないと見向きもしなかったはずだが)。

企画をまとめてどっか売り込む先を探してみよう。

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Comments

まあなんですな、女性嫌悪の果てにかーいい男の子に走るというのもこの国では古くからあった風習なワケで、つくづくオタというのは外国からの規範が与えられずに民族古来のDNAを暴走させた結果は一緒になるんだなあという事を思い知らされる現象でございます。

というかなんだ、フェチ板あたりではとっくに「女装コスプレイヤーの彼女とつきあう」てスレガ腐るほど立ってたりするわけでして。

Posted by: 緑川だむ | February 24, 2005 11:50 PM

成り余るところをあるべきところに帰すために、まずはここらから始めてみようということで。

リハビリですよリハビリ。

ついでに商売でもあります。

Posted by: 高安 | February 25, 2005 11:06 AM

I have read so many posts concerning the blogger lovers but this article is truly a good paragraph, keep it up.

Posted by: best dating sites | January 19, 2015 07:58 AM

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