死の情景
千年続く百姓家の跡取りであるワタクシにとって、死ぬ時のシチュエーションというのは生まれた時から決まっている。親戚一同が集まる中、自宅の布団の中で天寿を全うして大往生、というやつである。
映画「犬神家の一族」の犬神佐兵衛の死にざまを想像してもらえるといい。
ともかく、自分が死ぬ時に寝ている場所(家だね)、集まってくる親族、さらには死後争奪戦の対象となる財産(これはオプション)などというのを、生涯の間に築いていかねばならない、てのが、田舎の惣領の宿命という奴なのだ。勝手に一人で生きて、勝手に一人で野たれ死んではならないのである。無論、電波男のごとく、甘美な敗北に酔いしれるのみで、何一つ生み出すことがない、という貴族的特権(多分に逆説的なのだが)などは与えられていない。
無論、21世紀の現在において、こういう掟を守り抜かなければならない必然性は存在せず、惣領であろうともその義務を放り出して一人野たれ死にの人生を選ぶ権利も与えられている。が、ありとあらゆるものが放り出され過ぎ、その結果自分探しが大流行するようになってしまったこの時代においては、逆に掟を守りぬいた方が先々(自分の死後含む)にとって有益だと判断するので、うちの長男にはこの掟に基づいた教育を施そうと考える。息子よ。高安家を率いて崩壊した他の氏族の残滓どもを蹴散らし、自家だけを目いっぱい繁栄させ、俺よりも多くの親族に囲まれてその中で死ぬがよい。
というわけで、こやつには常に「自分の最期」を意識した生き方をさせたい。そのためには、一緒に墓に入る女性の存在を、早いうちから意識させておくに限る。つーわけで、息子の嫁候補を探してみようと思った。
こういうこと書くと、自称リベラルな方たちから「前時代的だ!個人の自由はどこにいった!」と指弾されるんだろうが、結婚相手をたかだか十数年間のまぐわいのパートナーだとしか考えられない連中の寝言など知ったことか。大事なのは、嫁候補を軸に、自分の将来というものを構想し、それを実現すべく努力する、ということであり、結果的にその相手と結婚するかどうかは2次的3次的なことに過ぎない。
何より、小さいときからそういう相手がいた、というシチュエーションは、やたらと萌えるものになるではないか……と、いかん本音が出た。
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Comments
で?目当てのお嬢さんはいるんですか?
相手側の親御さんも了承しないと許嫁は成立しませんでち。
たぶん
Posted by: ouka | May 17, 2005 at 11:49 AM
とりあえず候補者(親の許可あり)は一人見つかりましたけど、年上なんですよ。
まあ、まだ時間は結構あるので、のんびり探そうかと。
Posted by: 高安 | May 18, 2005 at 10:22 AM