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December 27, 2005

「ニホンちゃんガイドブック」入稿

ついさっき印刷屋さん帰りました。

というわけで、一部で公開されている発売予定日(うちで決めたんじゃねえんだけど)通りに出るはずです。

一応中身は、ネット上で書いている方たちを中心としたメンバーによる「オール新作」(セルフカバーあり)の「ニホンちゃん」です。ネットに書き込まれているものを、無断でコピペしたってのはゼロ。

とりあえずこのあたりは断っておかないと、いろいろ言う人いると思うので。

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December 26, 2005

まるくすタンの続編

あっちこっちの書評書いていただいたブログとか見ると、「まるくすタンのあの終わり方は次を狙って伏線引いたのに違いない」などというご意見がちらほら。

実は先のことを考えていたのではなく、ごく単純にあそこまで書いたら予定の紙数が尽きただけなのだけど、ご期待する人がいるんならやらなくはない。つーか、ちょっとでも話題になったのならそれをしゃぶり尽くさずにはいられない程基本的にびんぼー性なので、やります。

とりあえずは、1月末から「でじたる書房」さんで「A-KIBA eBOOKS」つうA-KIBA BOOKSの姉妹レーベル作ることになったんで、そっちで「まおタン」というのを書くことにしますよ。

「まおタン」は、「まるくすタン」の巻末漫画になってたキャラ(毛沢東同志)がそのまんま主役になる話です。「まるくすタン」のキャラでは、今のところ「すたーりんタン」だけが再登場する予定。

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December 18, 2005

佐野探訪

ワタクシも嫁も今年厄年だったんですが、押し詰まってから一家揃って厄落としに行きました。どこにかというと、ワタクシの強い希望により、栃木県佐野市に。

だってあそこ、すんげえうさんくさいんですもん。ついでに、西原理恵子が「もう生涯行かない」と言い切ったラーメンの味がどういうんもんかを確かめに。

で、厄除け大師の方ですが、割ときっちり祈祷とかやってもらったのですが、その祈祷内容が非常にうさんくさくイイ感じでした。山場のところで、中央の坊主が「のうまくさんまんだ」と護摩焚いてやってる周囲から、他の坊主がコーラスで「念彼観音力念彼観音力」ときますから。いやもうご本尊が「なんじゃ貴様の魔羅は縮みっぱなしではないか!」と言いながら出てきそうな感じで笑いを堪えるのが大変でした。

祈祷料は結構ぼってた感じですが、こんだけ楽しませてもらったからまあいいか、と。

とりあえず、新年になったら実家の菩提寺に酒1升持ってってちゃんと厄落とししてもらお。

祈祷が終わったので、次はラーメン。

ご当地ガイドとか見ると、「佐野はラーメンの町」となっております。このキャッチフレーズ、昨日今日できたもんではなく、結構長い歴史を持っているのではないかと思います。

が、東京都内に「佐野ラーメンの店」というのがあるというのを聞いたことはございません。喜多方ラーメンとか、尾道ラーメンとかの店はありますけどね。

つーことから、味の方についてはそれなりの想像しておったのですが、とりあえず実際一杯食ってその予想が正しいのかどうか確かめたかったのですよ。

で、地元のラーメン屋に入る。最初にメニュー渡されました。ラーメンのバリエーション、はっきり言って少ないです。普通のラーメン、大盛り、チャーシュー麺、カレーラーメン、以上終わり。何でこんなに少ないのかなーといぶかったのですが、やってきたラーメンを食ったらその疑問はすぐ氷解したのですよ。

正統派佐野ラーメンのスープは、澄んだ塩系のものらしいです。ダシは魚系なんですが、薄くて何のダシだかわからない(後で調べたらカツオらしい)。この正体のわからない、塩以外の味の薄いスープに、バリエーション豊かにいろんな具をぶちこむと、あっという間にスープの味が負けてしまうだろうなあ、と容易に想像できました。基本は喜多方と同じなんですが、あっちの方はちゃんとどの魚でダシをとったかちゃんとわかるまでスープを作りこむんで、大量にチャーシュー乗っけてもスープが負けたりしないんですよ。なお、この店のラーメンの場合、弱いスープの味を強化するために化学調味料が使われていたらしく、最初の一口をすすると口の中がしびれました。

さて麺ですが、「青竹で打った手打ち麺」てのがスタンダードらしいです。が、ワタクシたちのところに来たラーメンの麺は、明白にゆですぎであり、コシも何も抜けてしまった状態である、というのが食べる前からわかってしまいました。しかも、手打ちの悪い面が出て、麺の長さが不ぞろいかつかなり短めだったもんですから……。

ごくシンプルに表現するのなら、佐野ラーメンは喜多方ラーメンの劣化コピーでございました。歴史が長くても、都内に専門店ができないのは、まさにこのせいだったのですな。いやー、食う前から「まずい」とわかるシロモノを食い物屋で見たのは、偉く久しぶりでした。とりあえず「うまいものを食おう」と思ってたのではなく、「自分の予想がどれだけ当たっているか」を確かめに行ったので、マズくても満足はしちゃったんですけどね。

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December 14, 2005

手塚の祝福高橋の呪い

なんかどっかのページで「海外にオタ文化は通じるか」とか、というアンケートがやられてるのを見た。

この問い対し、ワタクシが思うのは「基本的に通じる、が、条件はある」というものである。

日本のオタ文化が発生してからかれこれ最低でも四半世紀、この間に少年期を過ごしたものは程度の差こそあれ「人物」というものを、「目・口・鼻といったパーツが徹底的にデフォルメ化されたアニメ絵」として認識するようにのうみそが初期化されてしまっていると考える。低年齢のうちにこの初期化の処理を受けてしまったものは、長じて絵を描くと自然とアニメ絵になる。初期化が遅れたものたちは、平均的にアニメ絵を描くための技術が、それより若い世代より劣る。中には、どんなに努力してもその手の絵を描けないしものがいる。さらに年齢が上がると、「アニメ絵」そのものを「気味の悪いもの」としか認識できないようにすらなる。

数年前まで、「アニメ絵」の描画というのは日本の独占技術で、外国人はどんなに頑張ってもワンダーウーマンみたいな「ラムちゃん」しか描けなかったのだが、今では韓国・台湾の特定年齢層より下の人たちが、日本人に勝るとも劣らないぐらい見事なアニメ絵を描く。彼らは幼少時に、日本人の大多数が受けたのと同じのうみその初期化処理を受けているからだ。

ワタクシはこれを勝手に「手塚の祝福」と名づけることにした。

ワタクシがさらに勝手に思うに、この祝福の主であった手塚治虫大先生は、大いなる父性、というか心の底から「男性」であり、氏の描くところの「ぽわぽわとした柔らかく小さいもの」というのは、守護の対象であると同時に、性欲・食欲という二大衝動のはけ口でもあった。手塚作品を素直に読むと、そういうメッセージばかりが満ちあふれていることがわかる。予想以上に、「愛玩の対象だったものが破滅して(典型的なパターンが「喰われて」)終わり」という話は多いのだ。

戦後の一時期においては、この手の思想は危険な要素を多分に孕んでいたが、今ではこうした思想に基づいて行動する人が相対的に減少したため、かえって貴重なものとなりつつある。上でアニメ絵(実は手塚絵)への初期化処理のことをあえて「祝福」と呼んだのはそのためだ。

「手塚の祝福」は、かなり普遍的な父性原理であるため、他の国でも、というか、オスであれば共感することができる。女性であっても、客観的に父性原理がどういうものであるか、ということを観察できれば理解可能だろう。

ところが日本のオタクの大部分というのは、「手塚の祝福」の後に、もう一つの初期化処理を受けているのではないか、とワタクシはさらに考える。それが「高橋の呪い」だ。

これは端的に言ってしまうと、あまりにも男性的過ぎる「手塚の祝福」に対する反動みたいなもんで、端的に言えば徹底した女性崇拝なんではなかろうか、と思う。

基本的にはこちら側の初期化を受けたものは、「手塚の祝福」が本来持っている攻撃性を、根こそぎ引き抜かれてしまう。「手塚の祝福」により「価値あるもの」とされた「ぽわぽわとした柔らかく小さいもの」の安全は、徹底的に保証されてしまう。

で、これが「父性」に対する「母性」であれば、優勢になったとしてもいつかはその反動を受け入れ、バランスを取れるようになるのだが、どうやらこいつの正体は「女性」ではあるが「母性」ではないようなのだ。根源にあるのは、男性的な力・変革というのを「受け止めよう」とする姿勢ではなく、「否定しよう」とする態度である。要するに去勢への圧力なのだ。

これは普遍的ではない。

というわけで、こっちの方の要素は理解されることはない、と思うのだ。その予測の結果がどうであるかは、ある意味ハリウッド版「エヴァンゲリオン」が日本の観衆にどのように評価されるかによって決まってくる、と思う。

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December 09, 2005

例のブツの状況

ほとんど内情暴露みたいなもんだけど、「まるくすタン」なる本は、「えろたんより売れるから多く刷れ」とかワタクシが言ったのでごにょごにょな部数刷ったんだけど、特に大手取次が冷淡だったので、結構在庫残ったんですよ。

が、アキバブログさんに取り上げてもらったおかげで、秋葉原の店舗ではよーけ売れ、アマゾンでは品切れ、という状態になりました。昨日今日ぐるっとアキバの書店回って来たんだけど、もうあんまり残ってないみたい。買うなら今だ(さりげない宣伝)。

しかしまあ、全国相手の大手書店ではまだ扱いが冷淡で、返本も結構あるとのこと。

だもんだから現在、欲しい人の多い所にはなく、どーでもいい所に結構ある、という資本主義的にはあんまりよろしくない状態になっているんですね。これは改めなければいけないわ!(おい)

で、最後にちょっと秘密の話ですが、秋葉原近辺でこの本が一番数揃ってるのは、実はうちの会社の事務所だったりするんですよね。貰いにくる人がいたらあげるかもよ。

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December 08, 2005

愛ルケに驚く

嫁がネット株やり始めてから日経新聞を取るようになり、イヤでも最終面のアレを見るようになってはや半年となった。ええ、愛の流刑地の話です。

まあ、新聞取り始めてから数日でもってヒロイン絞殺というクライマックスシーン(ヒロイン自身もほんとにいってたが)を見せられてしまったんで、その後ずっとネタとして生暖かく鑑賞させていただきました。

が、その愛ルケの本日分で明かされたヒロイン冬香の正体にワタクシは衝撃を受けてしまいましたのですよ。

見合い結婚。子供三人。自分は37。亭主は42……って、これ来年のうちの家族構成とそっくり同じじゃん。そうかー!冬香のモデルはうちの嫁なのかー!!

が、ただ一つだけ違っていたのは、亭主がすでに怪しげなものかきであるため、敢えて別のあやしげなものかきと不倫する可能性はまるでない、ということであった。

……喜ぶべきか悲しむべきか。

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December 06, 2005

次か。

先月末に出したバカな本「まるくすタン」がネット書店でだけ売れた。現在アマゾンでは品切れらしい。

で、こういうバカな本の需要が微妙にある、とわかったので、続いて何か作ろうと思った。今度もやっぱり、史実にある程度準拠して阿呆なことをやる、というパターンになるのではないかと。

時期的にハマりそうなのは、司馬遼御大の「坂の上の雲」っすよね。で、上野の自宅から秋葉原の仕事場に行く途中、ずっと「坂の上の雲、坂の上の雲……」と念仏のように繰り返してたんですよ。そーすりゃ、何か韻を踏んだ妙なフレーズが涌いて出てくると思ったんで。

で、出たんですが、それっては「坂の上のウホ」というもの。

……敢えて出版すると騒ぎにはなりそうだが、果たして出せるのか?

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December 01, 2005

呼び名

小学校一年生を殺害して段ボールに詰めちゃったあの人ですが、マスコミでの呼び名がどうやら「ピサロ」に統一されるようになったみたいで。

最初は「カルロス」とか「ヤギ」とか呼ばれてて、「ヤギ」だとあんまり悪くなく、どこか「めへへへへぇ」な印象さえあった。

「カルロス」だとその名前のスポーツ選手とか(カーロス・リベラも発音ちゃうけど同系列だよな)が案外多いので、カッコいい雰囲気さえ漂っちゃう。「ドン・カルロス」とかすると、もっとね。

が、「ピサロ」だとそうでなく、どっかしら狡猾で悪いイメージが出てくるから不思議だ。世界史勉強した人にとっては、インカのコンキスタドール・ピサロが、ゲームプレーヤーにとってはドラクエのデスピサロが頭に浮かぶせいだろう。

これって結局、マスコミによるイメージ操作なんすかね。まあ、うがちすぎだとは思うけど。

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