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July 27, 2005

主人公になれるオタク

昨日でたらめに書込んだ話における「オタクの定義」てのは、簡単に言ってしまうと、「妄想世界を主、現実世界を従」として生き抜いた人、ということなんですな。

ただし妄想主体で生きていればそれだけで主人公になれるか、というと決してそんなことはなく、妄想のたれ流しや偶然によって、現実世界に強く影響力を及ぼしたり、及ぼさざるを得なくなってしまった人だけが、話のネタになるように思われます。その状態でもなおかつ、現実よりも己が妄想の方を重視し続けると、話はどんどん面白くなる。

妄想を主、現実を従として生きることは、そのことだけを取り上げて見れば別に悪いもんじゃありません。てか、そういうものにまで善悪白黒つけようとするとガキまたは厨と呼ばれます。どちらかというと、20代後半ぐらいまでは、妄想主体で生きて貰った方が将来有望、という感じで生暖かく見守ることができる、と言えるでしょう。

が、30過ぎても妄想主体で生きていこうとする、というのは、それまでの人生でなんら結果の出ることをなしとげられなかった、ということの証明に他ならず、見ていてあんまりキモチいいものではありません。日の当たるところに出ていって、妄想主体で生きることの正しさを主張するようになってくるともう醜悪極まりないので、半径50m以内に来たら顔の形が変わるまで殴ってやろうかとも思ったりします。大体、「妄想主体で生きることの正しさ」の主張に力を入れれば入れるほど、肝心の「妄想」の方がしぼんでいき、どんどこその人の面白みというものが失われていってしまう。えーから。人の目なんざ気にしないで引きこもって妄想しろよ。その方がずっとらしいんだから。

小説一本の主人公になれるのは、さらに年を重ねていっても、己の妄想の豊かさを失わなかった人なんでないかなあ、と思うのですよ。武蔵ってそんな感じでした。頼朝は、「弟」という存在にこだわりまくってそれを抹殺しにかかっているので、どっちかというと見苦しい部類に入るので、例外はあるかとも思いますが、それでも見苦しいオタが主人公になりにくい、という状況に変わりはないでしょう。

んで、最後にネタにするには世界史上最強クラスのオタ、というのを紹介しておきましょう。誰もがご存じカール・マルクス大先生なのですが、先生の場合あまりにオタ妄想が強烈すぎて、そのままの形では小説にすることはできません。

というわけで、マルクスおよびその係累を残らず美少女認定し、キャラ入れ替えて一見萌え話のようにしてまとめる本を現在企画中。

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July 26, 2005

よりとも

ある時調べモノをしてて驚いたのですが、いわゆる「石橋山の戦い」の時、頼朝って馬に乗ってなくて、輿に乗ってたらしいんですよね。その坂東武者の棟梁としてはあり得ない姿を想像して、愕然とした覚えがあります。

大体において、東国に勢力を張っていた源氏の「正統後継者」を、伊豆に流すというあたりがすでにして信じられませんです。だって目と鼻の先にオヤジと兄貴の勢力範囲だった相模があるんだから。にも関らず、伊豆に置かれた、というあたり、平家は頼朝を「ありゃ武将じゃないから」と見ていたように思われます。

義家以降の源氏ってのは、京の貴族としての性格と、坂東の武士の棟梁としての性格を同時に持つようになったように思われます。義家自身は東北で暴れ回った後、京に戻って貴族になったけど、その後は一人で両方の役を担うのが事実上不可能になり、「京貴族役」と「坂東役」がそれぞれ別人に担われるようになったんではと。

義家の晩年から、この家は内ゲバでばたばたしますが、結果的に「京貴族役」の為義が家督を取り、自分の息子義朝を「坂東役」に出した。が、保元の乱でこの二元支配体制が壊れ、再編を迫られた義朝は、「京貴族役」に頼朝、「坂東役」に長男義平を指名しようとしたんではないか、と思うのですね。頼朝は兄二人をさしおいて、結構若いうちからそれなりに高い官位貰ってますが、これは義朝が母親の身分が高い(っても、京の貴族から見て、自分たちの知っている範囲内にいる、ぐらいに過ぎないと思いますが)頼朝を、自分のオヤジの役の後釜に適任と考えて抜擢する。

その地位というのは、「京貴族役」に過ぎないのだけれど、頼朝本人はこれを源氏の嫡男認定だと思っちゃう。でも、現実には「坂東役」の兄貴が恐ろしく有能であったため、口に出すことはできず、あくまで脳内でそう思っているだけ。

で、その兄貴が平治の乱の後刑死したけど、自分は流刑で済んだ。現実政治家であった清盛は、有能な惣領・義平を生かしておくと何されるかわかったもんじゃないから速攻で抹殺し、かと言って義朝の息子皆殺しは祟りが怖いので頼朝以下を助命したけど、その際いい口実として使われたのが「義平は無位無官。しかし頼朝は前右兵衛介」とかじゃなかったかなあ、と思うのですよ。

という経緯を経て、現実には己の無能のせいで生かされたにも関らず、頼朝の脳内では「自分は生まれが高貴だからこそ生き残った」という感じに補正される。でも、生きてた時の兄貴の恐るべき有能ぶりを思い出すにつれ、この脳内妄想が崩れそうになって、頼朝は無理して「貴族としての生活習慣」を守り抜こうとするわけですな。伊豆のど田舎でそういうことするのは滑稽だ、ということはあえて無視して。

通常ならばこのまま静かに生き、とろけるように死んでいったと思われるはずの頼朝ですが、腐女子・政子に萌え狂われたのがきっかけで、気がつくと平家に弓を引く、という大それたことやらかしてしまったわけですよ。その後三浦や千葉といった大豪族に担ぎ上げられはしたものの、本人それらに特に熱心だったようには思われません。どーも頼朝という人は、各種の記録からその存在感というのを読み取るのが難しいんですよね。以下の一時期を除いて。

その例外の一時期ってのは、弟義経をイビリ倒した時期なんですが、そもそも頼朝と義経はそうそう感情的にいがみ合えるほどの時間を共有していないわけで、にも関らずこうまで憎悪したのは異常としか言いがたい。
一般的には、あくまで政治的人間であろうとする頼朝が、一族の情というものに訴えようとする義経を敢えて切り捨てた、という解釈がされてますが、あたしゃこれは、武功を上げて坂東武者の人気を集めつつある弟に、半生をかけて必死に否定してきた兄義平の姿を見て恐怖した結果と違うか、と勘繰ってます。

てな感じで、頼朝の生涯てのは、つまるところスーパーマンであった兄と、その鏡像である弟に、自分の安らかな妄想の世界を破壊されるのを恐れたオタの逆ギレであったのでは、と解釈しうると思うです。

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さかいやたいち

大河ドラマにもなった、堺屋太一氏の「秀吉」は、戦国時代の風雲児を強引に焼け跡戦後派の世代になぞらえて描ききってしまった小説でした。

焼け跡戦後派が全部まとめて日本の歴史に対して秀吉みたいな役割を果たしたんかい!というツッコミは各方面から来るとは思いますが、そうやってその世代を元気づける行為は、少なからぬ経済的効果を生んでると言わざるを得ないでしょう。

てな感じで、現代のオタ系な作家は、オタ世代を称えるような話作った方がええよ、いや、むしろ作れ、ということになると思うのですよ。実際にあるその手の作品が「電車男」「電波男」ぐらい、という寒い状況ではなおさら。

やっぱやるなら現実のオタを称える、という誰にでも批判しやすい方法ではなく、歴史上の偉人を持ちだしてきて、「実は彼もまたオタだったのだ~はっはっは参ったか」とやるのがいいのではないかなあ、と漠然と思うのですね。

で、歴史に現れたオタの要素を持つ人を探してみましたが、おることおること。
中でも一番小説にしやすいのは宮本武蔵ではなかろうか、と思うのですよ。

武蔵のどこらがオタかというと、よーく資料を分析してみると、あの人の「勝利」てのは、事前に自分でルールを決めておいて、そのルール通りに自分が振る舞って「わしの勝ちじゃ」と言い張る脳内勝利がほとんどなんですよね。一乗寺下り松なんぞその典型。

ついでに、自分自身は武士だか百姓だか区別のつかない土豪の家の出身で、ごく普通の武士に対して凄まじいコンプレックスを抱き続けていた。

歴史的事実として考えるのはどうかと思うのですが、武蔵が生まれた年、てのは小牧長久手の戦いのあった年で、武蔵の生国播磨の国主は誰か、つーと秀吉だったわけです。想像するに、赤松の庶流だということを誇っていた武蔵の父というのは、成り上がりの秀吉を小馬鹿にしてて、秀吉の天下統一戦に参加しなかったんじゃないか、と。で、秀吉が天下人になってから、播磨の国衆がばんばか立身出世するのを見て驚く、と。

さては例の戦に出なかったのは生涯の失策か、と思った武蔵の父に追い打ちとなったが、刀狩令だったんではないか、と勝手に想像してます。つまり、播磨の国衆のうち、秀吉または黒田如水に従っていた連中は、武士としてその身分を保証されたけど、武蔵の父のような連中は「はいあんた百姓ね。刀捨てて」と迫られた、と。

慌てた武蔵の父は、せめて自分の息子だけは名目だけでも武士として、赤松庶流の名誉を守らせようと考え、武蔵を武芸師範の元に養子として出したのではなかろうか。これ全部妄想に近い話ですが、不思議とつじつまは合う。少なくとも小説的事実として、まとめてしまうことは可能でしょう。

実は、武蔵って案外ええとこのボンとして育ったんじゃないか、と思ったのは、今に伝わる彼の直筆文章の写真を見たせいなんですな。実に見事で誤字がない。これって、割合小さい時に読み書きをきっちり習える家庭に育った人の字だよなあ、とまあそう考えたわけです。

いずれにせよ、こうした生まれのせいで、年がら年中「実際の自分とは違う、あるべき素晴らしい自分」というのを妄想し続ける人間ができあがる、と言う訳で、このあたりもの凄くオタク的だなあ、と感心してしまうのですよ。

次回は源頼朝を扱う予定。

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結局のところ源氏物語なのか

お仕事で某ゲーム(18禁)の攻略。

いわゆる「孕ませ系」だったんだけど、主人公孕ませた後の責任を自力で取る気ナッシング。まあ、捨てなかった女の子に関しては、「第一夫人」(お嬢様)の資産で養わせる、という感じで、ワタクシ的倫理観からいたしますれば「人間の屑」でしたな。妾と隠し子は功成り名を遂げてから作るもんだ。

が、この人間の屑パターン、どっかで見たことあるなー、と思って考えてみたら、日本最古のエロ小説である源氏物語のパターンじゃねえですか。

紫式部が腐女子であった、ということに異論を唱える人は今ではあんまいないと思いますが、その腐女子の妄想の中の「理想のオトコ」てのは、現代のオタクから見てもやっぱり理想であったんかいな、とまあちょっと驚きました。

源氏の君のどのあたりがオタに通ずるのか、というと

・実は高貴な生まれであったが、運命のイタズラによって不遇な地位に落とされた
・取り敢えずまあ、自分の秘められたる力が発現すれば、えーとこのお嬢をコマして逆玉に乗る、あるいは乗ろうと考える
・嫁の財産使ってそれなりにいいポジションをゲットしたら、次は自分の理想のロリ子を囲う、あるいは囲おうと考える

とまあ、こんなあたりっすか?
オタの場合は、本当に高貴な身分に生まれたのではなく、自分の脳内でそう思いこんでるだけ、という違いはありますけれど、その後に並べた源氏の君の行為について「チャンスがあればボクも」と考えるオタは少なくないと思いますよ。いずれにしろ、自らは生産活動にタッチせず、多分に妄想の混じった趣味の世界に生きている点、おじゃる丸の例を持ち出すまでもなく、オタと平安貴族の間にはかなり濃い関連性があると思われますです。あ、平安貴族は軒並み糖尿だったんで、上記のような野望に対して、下半身が果たして追随できていたかどうか疑問であった、てな点も似てますな。不幸なことに。

それにしても千年以上経っても似たようなモノが理想像となるあたり、日本人の業ってのは大分深いように思われます。

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July 25, 2005

戻ってきたかな?

他のものかきも全部そうだとはいえないけれど、一部のものかきの場合、ほどほどに負荷をかけておかないと本調子が出ない。

が、大抵の場合締め切りには波があるので、「ほどほどの負荷」を常に一定にすることはできず、締め切りが集中する頂点の時期を狙って全開状態にし、その締め切りが終わったあとでぶっ倒れる、ということを繰り返すことになる。

ワタクシの場合、その最近の頂点が7月の頭ぐらいにあった。その後は例によって並みの人間以下の状態で、ブログにさえ文字を書くのがめんどくなっていたのだが、体力を回復し、なおかつ「ほどほどの負荷」をかけた(つっても締め切りは明日だぜ)おかげで、何とか調子を戻してきたようだ。

年とってくると、全開→ぶっ倒れを繰り返すたびに、「ああ、今度こそ終わりだ。もう俺はものを書ける体戻ることはできないんだ」などと悲観するようになってるんだが、そう考えてはいても、ちゃんと休むと元に戻るみたいだ。今のところは。

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July 24, 2005

熱暴走

どーも家で使っているPCが熱暴走気味だ。

この機械、かつて某雑誌の増刊ムックでジャンクPC改造大特集をやった際に、改造用の素材として買ったものだ。で、そのまんまゲタかませてCPUアップグレードし、無理やり使ってきたのだが、ゲタかませた分だけケースの縁とファンとの隙間が狭くなり、熱がこもるようになったらしい。

てなわけで、今は蓋外して完全オープンで使っている。部屋の中でエアコンかけてるから、まあ暴走はせんだろうね。もうちょいたったら、ヤフオクで落札したミニタワーケースの方に移植してやるとしよう。

とまあ、機械の熱暴走はなんとかなりそうなのだが、実は人間の方もここ数日熱暴走気味。もともと夏の初めに弱かったからなあ。

こっちも何とかするために、今の仕事終わったら床屋に行って放熱しやすくする予定だけど、果たしてそれで治ってくれるだろうか。

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