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February 05, 2005

さようならみなさんさようなら

おとといの夜に腸が動かなくなる風邪にかかった娘(5歳)がけろけろけろっぴになって以来、わが家は洗面器と浣腸の乱れ飛ぶ阿鼻叫喚のスカトロ地獄となった。

娘がある程度元気になったかと思ったら、今度は嫁がトイレの友となり、さらに長男大福丸が倒れた。嫁は「このままでは浣腸が必要かも知れん」などといい始めていたが、ワタクシには自分の女房に浣腸かける趣味はないし、嫁の側にもされる趣味はないらしかったので、そっちの方は放置することにした。

で、どういうわけか元気であった次男をさっき寝かせつけてふと気づいたのだが、なんだか腹が重い。

うちの場合、この手の病気の最後の犠牲者になるのはワタクシなのだが、どうも今回も順番が巡ってきてお迎えが来たようである。

というわけで、さようなら、みなさん。さようなら。

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表現の自由について考える

いや別に深刻な話じゃないんですけどね。

実は今仲間内で、「電子出版やろう」という計画が持ち上がってるんですわ。

電子出版の場合、現在ではまだ「著作権の切れたかつての名作か、しろーとの自己満足作品しか売られてない」という状況なんですけど、そこに商業出版物を作った経験のある連中が、そのノウハウをつぎ込んで「著者直販」の形で売れば、ちょっとした小遣い稼ぎ程度にはなるんと違うか、と思ったのですよ。

無論「著者直販」とは言っても、ライターが書いた原稿をそのまま垂れ流すのではダメで、挿絵・扉絵などを込みにしてきっちりパッケージングするわけです。ただ、目的は既存の電子出版市場で流れている「商品(多分に自称)」と比べて誰の目から見ても優位にあると認められることで、紙媒体の素材に投入されているのと同じコストを投下することはないです。そうすると明らかに赤字になるから。

で、こーいう作品になると、編集者の縛りが消失するので、紙媒体の出版物で「そのネタやばいからやめて」と言われるようなもんも書けちゃう、ということなんですね。とりあえず、メジャーなライノベの場合エロはご法度で、マイナーなアキバ系書籍の場合、エロはOKだけど、時事ネタの一部とか、あまりにネタ元が見透かされるパクリ(つまり同人レベルのパロディ)はNG、なんて感じになる。電子出版系でも、時事ネタの一部とかモンティパイソン級のギャグはNGであり続けるんだろうけど、同人レベルのパロディはある程度まで許容されるんと違うかなあ、と考えておるですよ。

要するに、結論としては、電子出版なら「まうみん」を書けるかなあ、やっぱダメかなあ、と悩んでいる、ということなのですが。

ちなみに「まうみん」がなんだかわからない人はこの日記のバックナンバーを参照のこと。

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地球のファンタジー

PC系の仕事が一段落していたので、ここんとこ主に創作系の仕事の準備などをしていた。

で、ファンタジー系の作品のプロットなどを作っていたのだが、そこで気づいたことが少々。

ライノベなんかの半分ぐらいはファンタジーな舞台設定もつけど、そのほとんどは背景となる世界を独自に作り出すことができず、既存の大ファンタジーの二次創作的な立場になってるわけですな。ネタ元になっているのは言わずと知れたトールキン大先生の指輪物語ですが。

これに対して、オリジナルのファンタジックワールドを構築できているのは50本あればいい方で、思いつくとこでは、ハワードのコナンシリーズ(ギリシャから見た蛮族の世界がベース)、ナウシカ(未来の話だけど、中央アジア系)後宮小説(中国の架空王朝)なんかがある。基本的にファンタジーはなんか土台になる神話伝承が必要なんだけど、ゲルマン・ケルトの場合トールキン大先生の縄張りになっているので、ここで新規になんか作るのは難しい。

で、それを避けたい人たちが中央アジアとかローマとかを舞台にしたのを作って、そこそこ成功しているように見える。

ワタクシもファンタジーするからには、トールキン大先生の縄張りを荒らすのよりは、影響のない世界をベースにして、多少なりともオリジナルっぽい、と評価してもらいたいと考えた。

幸いというかなんというか、ワタクシはモグリの歴史学者モドキであった時代がちょっとあったので、その時の知識を生かしてファンタジックワールドを一個作ってみた。ロシアとその東方・北方からビザンツを見る、という感じの世界で、たぶん日本のライノベレベルではこっちから話作る人はいなかったんでは、と考える。もうちょい南の方からビザンツ見たのはあると思うけど。

全体的に見た場合、ヨーロッパとその周辺部で残っているのは、あとはフィンランドの神話伝承ベースのやつぐらいじゃないかなあ、と思う。ここはムーミンとその亜流「まうみん」しか作品が存在せず、「カレワラ」がほとんど手付かず(ワイナミョイネンだけがガンダルフのベースキャラクターとして抜かれた気もするが)で残っているから。

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プリンセスメーカー

幼稚園で胃腸にくる風邪をもらってきたらしい娘(5歳)が、ちょっと粗相をしてしまった。

あとしまつがちゃんとできないのでは?と思って、手伝うためにトイレのドアを開けたら、開口一番

「ヘンタイ」

と言われた。

この場合もやはり娘を誉めるべきなのだろう。

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February 03, 2005

墓穴を掘る人たち

「自分は結構上手に世渡りしてるんだ」と思っている人はそれなりに多いんだろう。

が、そういう人に限って、なんか肝心なところが大幅に抜けていて、モノを書くと「わたくしは間抜けでござい」という証拠を文章の中に残していったりする。

ごく最近の有名な例では「1200度で焼いた骨からはDNA鑑定はできないはずだ(ウェーハッハッハ)」というアレがありますな。これだけの短い文であるにも関わらず、読んだ人のほぼ100%から「たかが火葬にどうして1200度もの高温を発生させる必要があったんじゃ!」という突込みを引き出すことに成功している。

また、ミクシィなんかでは、自分がオタであるその事実をひたすら隠し、社交的でファッションなんかにも興味あるよーということを強調しようというプロフィール持っている人とかが見つかるが、必死になってそうしているが故に正体バレバレだったりする。

これまでワタクシは、「こいつら、ひょっとするとわざとそういう風にしてるんじゃなかろうか、いや、それは考えすぎだ」と思っていたのだが、さすがにこうも大量にそういう例を見せ付けられると、「わざとだ」と断言せざるをえない。彼らは理解できないししたくもないが、そうやって自分の墓穴を掘りまくって穴に飛び込み、マゾ的な快感に浸っているのに違いない。

こういう風に物事を断言しちゃうと、視野が狭くなって将来的に付き合っていける人間の数が減るんだけど、断言しておくとその後さまざまな推論を巡らすのが楽になり、短期間であるものごとについて考えたことの結論を出すことができるようになる。付き合える人間の数が減ったところで、どうせ有限の人生、すべての人と善隣外交で付き合っていくだけの時間なんぞないのだから、はたで考える程不都合は生じない。

墓穴人間は上の1200度の例を見てもわかるように、往々にして鬱陶しい「かまってちゃん」であることが多いので、ワタクシは今後とも相手の人格にかわいげがない限り無視し、縁を切りつづけるだろう。

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ピラニア

本日午後6時頃、ここのページの参照数が急激に上がったのですよ。

アクセス解析のとこみて、「なんでこんな風になったのか?」と思ったら、アップルのこと書いたせいだ、ということに思い当たった。

なんかみんな新製品とかスゴイ裏情報とかがあるようだ、と考えたらしい。

悪かったねえ。悪口で。

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すごいぞアップル

さっきアップルストアを見て驚いた。

どういう神経していれば、デジカメを相場の1万円高で通販できるようになるのだ。

ちなみに、アマゾンもえーかげん高いが、アップルに比べると数千円安かった。

でも、ここで買っちゃう人っているんだろうなあ。

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台北の秋葉原で火事

光華商場でぼやだそうです。死傷者なしだとか。

どうやら火元は地下だったようだから、古本とか海賊版CD・DVDのショップ(今は売ってるのか?)とかが燃えたんでしょう。

http://www.taiwandaily.com.tw/index03.php?news_id=37285&datechange=2005-02-03&news_top=c7

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February 02, 2005

奇怪なる改革者

ふと思いついたこと。日本の場合、左っかわの人ほどキレイ事をいい、自分を良識ある人物に見せようとする傾向が強いように見える。

が、左っかわの人って、最終的には既存の秩序を星一徹のごとくひっくり返すのが目的であるわけで、ということは旧体制から見ると秩序の破壊者であるわけだ。

つまり、革命に成功してひっくり返しに成功しない限り、犯罪者と呼ばれることを甘受しなければならん、ということなんですな。

で、現在の状況を見る限り、外見的には日本は共産革命を経験しなかったわけで、そっち方面の理想に向かって努力していった人は、墓の下に入ってもなお、「ど外道」と罵倒されまくらなければならないのですが、あんまりそうなってませんな。というか、死ぬ前にそういう覚悟を決めていた人すら、ほとんどいないのではなかろうか、と。

世の中すべてが「勝てば官軍」ではないことは明らかなんですが、困ったことに「革命」とか「改革」とか、「既存秩序への挑戦」なんかを志向してしまった場合、「勝たないと何の意味もない」という状態にロジック上はなってしまうのですね。だもんだから、革命を成就させずにくたばった日本の左っかわの活動家に対しては、右も左も唾を吐くべきであって、こんなものを称えてはイケナイ。称えるのはなんか気持ち悪い。

そういうことするのは、死んだ後でも「あれはモラルのないオトコだった」と言われることを覚悟した上でエロ小説書いているワタクシ以下と言われてもしょうがない、と思って欲しいです。

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February 01, 2005

貴腐人の微笑

根本的に「笑い」というのは、その笑いの元になる感情を、笑みを向けられた相手と共有するためにあるんとちゃうか、と思う。

例としては、ワタクシがへらっと笑った次男を抱き上げ「おーそうかー、うれしいのかー」というのなんかが挙げられる。次男はまだ1歳の赤ん坊だが、笑うことによって親とかにうれしいという感情を共有させる術だけはしっかり身につけている。

が、世の中には、「ごめんその感情共有できんわ」というタイプの笑みを浮かべる人、というのがいるのだ。千代田区のどまんなかに住まうやんごとなき御一家というのもそうだが、あの場合生活環境が一般人と違い過ぎるので、共感させられない方の責任も共感できない方の責任も追求することはできない。単にそういう事象がある、と言えるだけで、それについてああこう言うことは意味がない。

ああこう言えそうなのは、年季を経てあさっての世界に行ってしまったオタクや貴腐人が時たま見せる微笑みの方だろう。これは半ば以上自分から望んで(自覚しているかどうかはともかく)笑いかけた相手との感情の共有がないのと前提としているように見える。微笑みかけられた方が「ごめん悪いけどその感情共有できない、というかはっきり言ってしたくない」と思っちゃうように見える笑顔を、向けられたことあるでしょ?(同意を求めてどうする)

まあ意味はないけど、この笑みが出せるかどうかが、腐女子と貴腐人の境界線になるのかなあ、と例によって根拠もなく思ったのであった。

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続・張り倒せ!

娘(5歳)が朝食の後、幼稚園の制服に着替えずにぱんつ丸出しで走り回っていたので、ひとつ教育してやろうと思った。

「こらこら。家族以外にぱんつを見せびらかしてはいかん。」

すると娘(5歳)、こちらを見て「家族ならいいんだね」と天使の笑みを浮かべると、父の側にきて

「ほらお父さんぱんつぱんつ」

といって父の目前で尻を振り始めた。

…今回は負けを認めざるを得まい。

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January 31, 2005

帰ってくる鮭

書籍の年間売り上げが、8年ぶりに前年比プラスになったのだそうだ。

http://www.shinbunka.co.jp/shuzainote/043.htm

しかも、売れているのは文芸書だそうな。プラス変化の牽引車になったのはハリーポッターのようだが、こちらの人の分析によると、やっぱり底辺も開拓されているようだ、とのこと。

ワタクシ的にはこの分析基本的に合っていると思うが、それ以外にもいくつかの要因が考えられるのではないかとも思う。

80年代末から90年代にかけて、さまざまな新娯楽が登場した。で、それまで書籍と漫画だけで脳内妄想遊びをしてた連中が、そっちに流れた。「そっちの娯楽」は景気がいいんでどんどん金かけて大作化(たいさくか、である。だいさくかではない)し、クリアまでに時間がかかるものとなる。21世紀にはこれに加えてデジタル家電が登場し、ユーザーの「時間」を大量に食いつぶしまくった。

一方、かつて持てる時間のほとんどすべてを遊びに使うことができた子供たちも成長し、社会の歯車となって標準的には週に40時間ほどを、任意の企業に売り渡さなければならなくなる。結果、小学生でもわかる理屈で、娯楽に使える時間が減る。

それでもなおかつ遊びたい、という連中は、企業に自分の時間を売り渡すのを拒否して遊び続けた。景気が悪くて仕事がなかったことと、「子供たち」の親の手元に小金があったせいで、一定レベルまではそれは許容された。

が、「子供たち」の親が年を取り、なおかつ微妙に景気が良くなって選り好みさえしなければ仕事が見つかるようになってしまったので、「子供たち」へのプレッシャーは高くなる。そうそう引きこもって遊んでばかりもいられない。てめぇ自身が次の世代の「子供たち」の親になってしまったらなおさらだ。

だがだからと言って、すべての遊びを放棄するわけにもいかない。そこで「子供たち」は時間を喰いまくる娯楽から、似たようなテイストを持っている、より時間のかからない娯楽に回帰するようになった…というのがワタクシの読みである。

無論、これがすべてのケースに当てはまるわけではなく、ごく限られた一部がそうであるだけに過ぎないだろう。だが、2005年もまた、前年に比べると書籍の販売数はほんのちょっと伸びるのではないかと、ワタクシは予想している。

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メジャー化失敗(笑)

ココログのトップでやってた「サトエリの映画のネタ募集」に、どういうわけかワタクシの著作を推薦してくださった方がいたとか。

で、結果ですが、推薦してくださった方にはまことに申し訳ないが、あっさり落選。都合4発前後も最後までやっちまうシーンのあるエロ小説(18禁ではないが)なので、当たり前っちゃ当たり前か。

まあそのうち、推薦しがいのある作品を書くっちゅーことで、今回は許してくださりませ>推薦してくれた方。

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January 30, 2005

張り倒せ!

娘(5歳)の尻を冗談で撫でたら、びびんたを喰らった。痛かったが、女としてはそうあらねばならん、と思って誉めた。

「いいか、お父さん以外でお前の尻を触る男がいたら、必ずびびんたをするのだ。」

「おじいさんをぶってもいいの?」

「いやいかん。おじいさんも除外だ。そうだな。一緒にお風呂に入ったことのない男は張り倒せ。幼稚園の同級生でも、小学校の先生でも遠慮はいらん。力の限り張り倒すのだ。」

とまあ、基準としてはこれでよかったのではなかろうか、と思う。

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愛がないと辛いもの

部屋の中にiMacとLC575が転がっている。

はっきり言って、嫁にはうざがられている。イマドキのPCと比べると本体がでかいからだ。

こいつら、スタイルを売りにした製品なので、子供にはウケがよい。長男・大福丸と長女は、こいつを見ると争って電源を入れ、マウスを振り回して操作しようとする。一般的なPCに対するより、Macに対する食いつきがいいのは事実だ。カッコいいものに引き寄せられてしまうのは、大人も子供もあんまり変わらないらしい。

が、やっぱりMacって、特に日本の家族持ちに使われるということをまるっきり考えてない設計なんだよな~。

LC575については、とりあえずイーサネットアダプタを激安で手に入れ(アキバでジャンク品を漁った)、ネット端末にしようとしたが、安心できそうなブラウザが滅びており断念。そんならと68K用の怪しいDebianを突っ込もうとしたのだが、Xが起動せずこれまた断念。道具としては極めて中途半端な状態に陥る。いや、それしかない状態だったら、手を入れて「いい道具」に仕上げられるんだろうが、残念なことにワタクシの持ち時間は一日あたり24時間しかなく、LC575に割いてやれる余りはない。

iMacの方は、2年ぐらい前に「ガラクタMacを再生しよう」というムックを書くときに引っ張ってきたものだ。LC575と比べるとだいぶ新しいので実用になるかと思ったが、まず無線アダプタがくっつかない、という大欠点があることが判明。無線で繋がんないと、子供部屋に置くことはできんがな。あと、搭載メモリが32MBで、OS9入れたらアプリ一個起動しただけで壮絶にスワップしまくるらしいということもわかった。

無線の方は、イーサネット接続タイプの外部アダプタを使えば何とかなる。メモリの方も足せばよい。だが、それらを全部買うと、Macmini半分ぐらいに相当する銭を支払わなければならんのだ。だったら、もう半分出してMacmini買うわい。

という感じで、道具として使おうとしてもうまくいかんのだが、捨てるのももったいないしなあ、ということで、いまだに部屋の中に転がしたまんまなのだが、これ本当にどうにかならんだろうか。

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