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March 05, 2005

機械の声が聞こえた

ヤフオクで相場が下がってきていたので、リコーのCaplioG4 Wideというデジカメを買った。コンパクトデジカメとしては最も広角よりのレンズを搭載した製品である。

この製品のように個性というか癖のあるコンセプトに基づいた製品の場合、持ってると「こういう風に使ってくれ~」という声のようなものが聞こえるような気がする。デジカメの場合、その声は「こういう写真を撮ってくれ~」ということになる。無論気がするだけで、本当に聞こえたと思うようになったらデジタル系ものかきを廃業しなきゃならないが。

んで、このG4からもその「声」が聞こえたように思われた。それは何かというと
「ボクを使っておっぱいのどアップを撮ってくれ~」である。
確かに広角レンズを搭載し、1cmまで寄れるマクロ機能をサポートしたこいつだと、乳首部分くっきりしているが、裾野部分がいい感じにボケたすんごくエロい乳房写真が撮れそうな気がする。

かといって近場にそういう被写体が安易に転がっているわけではないので、途方に暮れてしまっているのだが。

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March 04, 2005

ただ大人たちに誉められるようなバカにはなりたくない

なんか小学校とかでやってる過激な性教育が問題化しているようで。エロに関わるものとして一言なんかコメントせねばなるまい。

ワタクシとして一番気になるのは、ふつーの絵本のように、明るくさわやかに勃ったり濡れたり突っ込んだり、ということを描こうとしてるとこっすね。これは間違ってると思う。

ガキをこさえる行為っすよ。生きるの死ぬのの騒ぎっすよ。もう少しそういう尊厳ちゅーのを強調しなきゃならんのと違いますか?「おじいさんは、としをとりました。としをとったひとは、しんでしまうんだよ。しんだら、かそうばでやくんです。」こーいう書き方の教科書に違和感を感じるような人は、あっけらかんと明るく書かれた性教育の教科書に違和感感じるんとちゃいますか?

たぶん親としては、子供にできるだけ見せないようにしながら、ちゃんと定期的にやることやり続ける、というのが最高の性教育になるんと違うかな。んでやっぱ、子供にいつか「お父さんとお母さんはあんなことしてたんだ!」と衝撃を与えないといかん、とあたしゃ思うですよ。この衝撃を変な感じに麻痺させると、ロクな大人になりゃせんと考えますです。

んで、学校で性教育するべきか否か、て点ですが、生理始まった女の子に対して、「むやみやたらにサカるとガキできるから気をつけろ」ということを教えるのは必須だと思います。この場合、「完全な避妊方法なんて都合のいいもんはねえ」ということを教えるのを忘れてはいかんすね。ついでにひとりエッチの方法も教えとけば完璧じゃないでしょうか。要は、社会的存在としての自己のあり方に深刻な影響を与えちゃうから、可能な限り自分の性欲はコントロールせいよ、ということ。男は成長すれば自分で勝手に抜くようになるから、教えなくていいです。ほどほどに女の子から隔離しておきさえすれば。

まあ、間違いなく全員に周知しておく場、となると学校しかないんだが、生徒って基本的に「学校で教わったことは、卒業と同時にぜーんぶ忘れていいことだ」と無意識に思い込んでいるからなあ。

この法則が生きているからこそ、あほ教師がどんなに過激な性教育やったところで意味はない、とも言えるんだが。

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ショタ萌え小説計画

てな感じで思いついたのが、12歳ぐらいの、かろうじて精通はあるが、発毛はまだぐらいのショタ美少年を主人公とした小説だ。

役目は何かっつーと、読者であるオタの人のための、作中での依童ね。

オタの人の場合、実年齢がいくつであっても、脳内では自分は永遠の19歳だと思ってるのだが、精通直後のショタ美少年や、同年齢のロリ子にも自分自身を憑依させることは充分可能だと思う。

んで、このショタ少年を、さまざまなおねぇさんにイタズラさせるわけ。だが、最後までやらせちゃうと、憑依したオタが痛がるので、本番行為は厳禁。あくまでも手。手でやるシーンばっかにすると、オタが日常自分自身でやってる行為とシンクロさせられる(なにせ、違うのは指の細さぐらいだ)ので、リアルにその感覚を思い出すことができるであろう。

これを見せつけることによって、とりあえず自分自身で何とか始末するのではなく、「おねぇさんにそうやってもらいたいなあ」ぐらいは思わせたい、と考えるのだが、それでうまくいくかなあ。

うまく引きずっていくためには、もう一工夫ぐらい必要かもしれない。

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二次元恋愛

お知り合いなブログに、ときメモオンラインに関する記事があった。

間接的にここを参照するだけでも、ネカマ大増殖とか、ネット世界でも藻男大発生とか騒ぎ始めているようだが、当方としては「やれやれもっとやれ」というのが素朴な感想。

別にいいでしょ。実性別とネット上性別が違ってたって。ネット上の恋愛を実生活上の出会いに結びつけようというのがアホなのだ。

あと、顔とスタイルという、世の藻男が自分がモテなくなった理由だと考えているモノが覆い隠されるネット上で、なおかつモテなくなる、というのは、自分自身でネット上における分身を「モテなくなるように」演出した結果であるとしか言えない。自分からモテなくなるような行動取っておいて、「自分はモテない。この不幸な自分を誰かちやほやしてくれ」はないでしょ。そーいうのにかまってくれるほど世の人は暇じゃない。

とまあ、藻男のカリスマとかに毒づくのはこの辺にしといて、多少前向きな視点から話すると、三次元での出会いに直結させ、話をとんでもねえ方向に引きずっていくのさえ慎めば(特にネット上性別と実性別が異なる場合)、いいリハビリの場になるんと違うか?というのがワタクシの意見でありますな。

萌えエロ文書きを商売にしてから、どーも大量のエロゲとかエロ小説とかを相手にするようになり、最近の萌えエロ事情にアンテナが追随できるようになった結果、「最近のオタって、すでに女性に対する挿入行為を快感であると認識することが困難になっとるんと違うか?」と思えるようになってきたのだ。だってエロゲの処女喪失シーンって、実際には絶対あり得ないSFになっちまってるもの。都知事閣下の小説じゃあるまいし、ぴーで穴の奥にキレイに貼ってある「膜」をばりんと破くのがデフォルトって、これどうよ。この描写にツッコミ入れられないほど実体験ないと、エロシーンをリアルに書いても反応してくれんわな。

まあ、これは別に非難するべきことではなく、現実なのだと納得するべきことである。んでも、今後ずっとそうであり続けることは不幸なことだと勝手に思うから、せめて2万握り締めて千束4丁目の大衆店に行こうと思うぐらい、そっち方面に対する執着というのを再生してみたいと思う。なおかつそれで金稼げれば言うことはありませんな。

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March 01, 2005

パズーとムスカの方程式

キャラ萌えな創作物のばやい、作中に読者の依代というものが必要になる。

で、この依代、女の子の争奪戦が中心テーマになるケースにおいては、2種類に分割しておいた方が何かと都合がよい。片方は読者の白い属性代表で、もう片方は読者の黒い属性を代表するものである。仮に、前者をパズー、後者をムスカと名づけよう。なお、この便宜的なネーミングと実在するアニメ作品に登場するキャラクターとの間に関連性はないものとする。どんなに突っ込まれようとも認めないぞ。

この両者、本質的には同一物ではあるが、全体の枠組みにより微妙にやれること・やれないことに差が出てくる。

一応、清く正しく美しく「正義は勝つ」なエンディグに持っていく場合、ムスカには言葉責めは許されるが、争奪の対象となる少女キャラクターの膝以上鎖骨以下の部分に触れることは固く禁じられる。言葉責めをする際に顎を持ち上げる行為と、美少女キャラクターが逃げる際に手首を掴むことは認められるが、乳尻などに触ろうとする場合、死を覚悟しなければならない。ムスカにとって、美少女キャラを縛りあげることは重要な役目の一つであるが、実際に彼自身が美少女キャラに触れることはできないため、それ専用に女幹部などを雇用することもあり得る。

一方、清く正しく美しい「パズー」だが、正義の名の元不自然なまでの自由が与えられる。海で溺れたフリをして美少女キャラに人工呼吸して貰ってもいいし、まだ言葉を交わしていない初対面の状況でいきなりお姫さまだっこをしても無問題である。パンツだって見放題だ。ようするに、二人分のスキンシップ券が読者とグルになっている作者に与えられている、というわけだ。んでもって最後には、自分の分身であったはずのムスカを葬り去ってしまう。冷静に考えると、やってることはかなり鬼畜なのだが、彼に対して非難をしてはいけないお約束になっているのだからしょうがない。

枠組みが「悪は栄える」な感じになった場合、パズーとムスカの立場は逆転する。ムスカの封印は解き放たれ、あんなことやこんなことをしても万事オッケー、ということになる。エロゲの場合、さらに「鬼畜エンド」という安全装置付きの「if」を前提にすることにより、美少女キャラを人格崩壊にまで追い込んでしまうことすら認められてしまうのだ。この場合、鬼畜シナリオが始まる前にパズーが体よく始末されてしまうことは言うまでもない。

小説の場合、「鬼畜エンド」というifを作ることは困難なので、よほど枠組みの設定をうまくやらない限り、パズーが勝つ方向に持っていかざるを得ないだろう。ただし、先に書いたように冷静に考えれば正義シナリオの場合のパズー程悪いヤツもそういないので、良心的な作者であれば、何らかの形でパズーにしっぺ返しを食らわせるエンディングを用意すべきであろうかと思われる。

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February 28, 2005

手をとりあって

すぺさるオリンピックスでのイメージソングとやらにQueenの「Teo Toriatte」が使われていると聞いて驚いた。

たぶん採用した人は何も考えずにタイトルがそれっぽいから選んだんだろうが、あれって英語版の歌詞は「自分が死んでもどーたらこーたら」というえれえ虚無感の漂う歌じゃなかったっけ。なんせ口を開けば「カルマ」しか言わなくなったブライアン大先生の作ったもんだから、そうそう間違ってないと思うが。

とりあえずこれ聞いて英語圏の人とかむっとしたりはしないのかね。これが大丈夫だったら、「Who Want to Live Forever」もどっかのイベントでテーマソングに使って欲しいもんだが。

ところで、Teo Toriatteの冒頭部分をエキサイトで翻訳したら凄まじく笑えたので、以下にそれを引用。

私がいないときに、If Iを不思議に思うどんな必要性も、同じ風が吹く輝きが
私たちでは両方の、And時間が論文であるにすぎないのでBeにお尻を出すあなた
の同じ月がなくないと思いません。

…尻ってなんだ、尻って。

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February 27, 2005

ひろしの年齢

某製薬メーカーのコマーシャルに出ている「ど根性ガエル」のひろしが「男30歳…」とか言ってやがるが、たしかきゃつはワタクシが小学生の時に中学生ぐらいという設定だったはずだ。

それが今30歳?シラをきるのもええかげんにせい、とワタクシは言いたい(笑)。

それともなにかなあ、あの登場人物は十数歳外見が若く見えるように整形でもしとるんかしらん。

てことは、あと数年もするとマイコーのようになったひろしとピョン吉が見られるかも。見たくないが。

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お昼のニュースで

各都道府県のマスコットキャラクターコンテストで優勝した群馬県のキャラクター「ゆうまくん」というのが出てた。

群馬県だから馬になったらしい。

ではワタクシの出身地である茨城県のマスコットキャラクターは何だったのだろうかと考えてみる。

……ビオランテ?

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