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February 28, 2006

萌えとエロと犯罪と

「幼児強姦被害数とエロゲーの歴史」という図を見た。

http://www10.plala.or.jp/MOKUBAZA/eroge.gif

この図を作った人は、あくまでエロゲとの関連で分析しているけど、これ、別の方向からのツッコミもできるなあ。

ワタクシがどう思ったかというと

吾妻ひでお作品などによって美少女マンガブームが起こった頃から急速に減り始め、児ポ法が施行されたら増えた」ということ。

結論「防波堤って大切だ」。

だいたいにおいてオタの精液なんざ日本の石油みたいに枯渇が心配される貴重な資源なんだから、エロくてなおかつ萌えられる作品が出てくると、それによって搾りつくされて、犯罪に使う分なぞ残らなくなるんだろうな。一般的傾向としては。

ちなみにワタクシはその貴重な精液をフィギュアにぶっかけさせたりして浪費するんではなく、「父」への道に向かうようにと滾らせようと文章書いてるつもり。

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現代の僧侶階層としてのオタク

まあ例によって漠然と思ったのだけれど、一部のオタクは「僧侶化」してるんじゃねえか、と。

僧侶っつーと、正常な現代人の脳裏に描かれるのは、伝統的なもんだと「葬式屋」であり、新しいものだと「詐欺師」とほぼ同じイメージなんで、はなはだ印象が良くない。

が、おおもとの意味を辿っていくと、社会の枠外にあって(出家)、一定の教養を保持し、社会内部のためにもなる理念を追求し、それを伝えるもの、というのが僧侶の本質なんだろうと思う。ここらが忘れられて悪徳の部分だけが印象に残るようになったのは、「出家」という言葉を成り立たせている「家」そのものが崩壊しているからだろう。

なるほど。そうすると電波男の言説なんざ、「オタクの僧侶」として実に正しい方向を向いている、ということになるわけだ。と、一人勝手に納得。

でまあ、僧侶、つまり出家となるからには、やっぱ守って欲しいことがいくつかあるわけで、これを守らないと、出家は出家としての威厳を保つことができず、いわゆる「売僧」ということになるのですが。

それは何かっつーと、在家と一定の距離を保ち、過度の干渉をしないことと、在家にとっても利益となる知識の追求をしっかりやっていただきたい、ということですな。陰でホモに走ってても文句言わないから。

これだと、一般衆生つーか、在家の人からたまに「教えてエロい人」と慕われるようになると思うのですが。

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February 27, 2006

コンドームが生んだ「オタクの敵」

昨日書いた乱暴な理屈では、人間のオスというのは、単純に性欲のみに突き動かされている生物となる。
だもんで、それに対応する「メス」というのも、やっぱり性欲のみに突き動かされている生物だ、と定義せざるを得まい。

が、自然状態においては、やっちゃうと一定の確率でご懐妊してしまうのである。仔を孕み出産してしまうと、その個体は否応なしに「母」となってしまい、半ばは自分の内部にROMとして埋めこまれたプログラム、また残りは社会一般が「母たるものかくあるべし」と定めたルールに従って活動するようになる。その時点において、彼女の行動の大部分を規定するのは「性欲」ではなくなる。

「オス」同様に性欲のみを行動原理とするためには、やっても孕まない仕組みが必要になるわけっすね。

で、近代において避妊具なるものが開発され、女性は「孕むために交わる」のではなく、純粋に楽しみのためだけに交わる、ということが可能になった。失敗して孕んじゃうのもいっぱいいるけど。

要するにナニが言いたいのかというと、人類誕生の時点で存在した種族は「オス」と「母」だけであり、歴史時代に入るあたりから「父」が生まれ、それよりもずっとずっと後の近代になってから「メス」という種族が生まれたのだ、ということなのだ。

性欲だけを至上の価値とする人類の♀が存在したからといって、それを道義的に非難するつもりなんぞはワタクシにはない。ただ、それを貫徹するために必要な社会的インフラが整ってないので、そこらを個人の努力で埋めていかないと、あとで破局が来るよ、ということは言いたい。で、その社会的インフラっつーのがいわゆる「共産主義社会」だったわけなんだけど、これが実現する可能性は、現在ではほぼゼロですから。

ある意味「キモオタ」ってのは、人類のメスという近代になってから生まれた不安定な種族の犠牲者なんだろうな、とは思う。てか、実際彼らは自分たちでそう言い張ってたか。が、彼らがあくまで、自分たちの居場所を人類のメスの対極の位置におこうとするのなら、彼らが最終的に到達するのは人類のメス同様やっぱり破滅でしかない。途中で使用した阿片がどんなに効き目抜群のものであったとしても。

つーわけで、キモオタの皆さんに、キモオタというラベルに固執するのではなく、微妙に立ち位置の近い「父」へとシフトし、より効率的に、充実した生活を送るようにしようよ、というのが、ここ数回にわたって書きなぐってきた駄文の仮の結論だったりする。

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February 26, 2006

というわけで萌えオタと父性についての話の続き

前の書込みでオスとかメスとか父とか母とか書いたから、そこらをまとめてみる。

ワタクシの理解する範囲内では、オスってのの生涯の目的は、「種族繁栄」であり、要するに自分のタネをあっちこっちに巻き散らかすことである。行為が済んだ後、タネを植えつけられたメスおよびその結果生まれる仔がどうなろうとオスにとっては知ったことではない。というか、行為が終わった後、自らの生命の存続すらどうだってよくなるのがオスの本質なんだろうと思う。

とまあ、自然の状態でこういう感じであると、タネを植えつけられる方(=母)は仔育てのリスクをすべて負ってしまうことになり、はなはだ都合がよろしくなくなる。んで、行為が終わってしまった後も、何とかしてオスを側に置いておき、仔および自分の面倒を見させようとする。最初の時点においては、仔を産んだ後、再度の性交渉を保証することにより、「ヤること」だけが目的のオスがどっかに行っちゃうのを引き止めたんだろうと、まあこう考えている。

その後、オスを手元に置いておくためにさまざまな理由が考え出され、ルールとして定められるようになる。このルールを承認し、積極的に遵守すべく契約を結んだオスが「父」となる。ワタクシの定義では、単にメスを孕ませただけじゃダメなのだ。オスは完全に生物学的なレベルで語れる存在、母は半分生物学的レベル、もう半分は社会学的なレベルで説明しなきゃならない存在で、父は純粋に社会的な存在である、とみなす。だからといって「父」が無条件に「母」より偉いなんつー、フェミの仮想敵(たぶん実在しない)が言う論などを主張する気はない。現象としてそうなっている、ということを指摘しているだけだ。

ここで言っている「父」に生物学的な実体はない。だから容易に第二現実内部でリアルなものとしやすい。で、リアルなものとしても破綻させにくい。つか、第二現実内部でリアルな「他人との絆」を求めていっちゃうと、結果的にそれは「父」が他の家族に対して取り結ぶものとよく似たものになっちゃう、というのが、最初の話の概略だったりする。

で、その萌えオタの人が完全に「父」になることができるのかっつーと、ある条件さえクリアすればOK、ということになると思う。その条件というのは、「父」を「父」たらしめている各種のルールを承認し、それに従うかね?ということだ。

古い日本の伝統社会の場合、この「ルール」は非常に量が多く、身体に叩き込むにはかなり長い時間を必要とする。すでに30を超えた人たちが主流となっている「父になりたいオタク」に対し、これをゼロから学習させるのはとてつもなく困難なことだ。だいたい、教師役になる者が死滅しつつあるので、教わりたくても教われない。

しかし重要なのは、何らかのルールを作り、それを受け入れることであって、それが古い日本の伝統に則したものである必要はない。そのルールによって「お前は父親なのだ」という形で、社会的な存在として認めて貰うことが第一目的なんである。少なくとも、そっちの方が「キモオタ」などという自虐的な看板を掲げるよりずっとマシだろう。

ただ、萌えるオタクの生活から自然発生的に「父になるためのルール」を作り上げるには、最低でも数十年はかかるだろうとは思う。

というわけで、次は今回わざと残した「メス」について適当なことを言う所存。

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